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歴史にみる神様と仏様との関係

2018.06.07

神様と仏様との関係について、知っておきたい用語を解説します。

神仏習合と神仏分離に見る神様と仏様との関係

神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは
土着の信仰と仏教信仰を折衷して、
一つの信仰体系として再構成(習合)することをいいます。

飛鳥時代に、外から「仏様」という概念が入って来ました。
仏教はインド発祥。
バラモン教などを取り込んで中国、日本へと渡ってきました。

しかし日本では、土着の信仰=神道 は仏教に取り込まれず、
新しいバランスで共存しました。

日本人は新しもの好きなので、
日本にはちゃんと「神様」がいたのに、「仏様」もウエルカムでした。

そこで、今までいた神様と新しく入ってきた仏様の違いを
「神様は仏様の別の姿だよね」という解釈をしたのが神仏習合です。

この考えは次第になじんでいって、世の中の常識にもなりました。
そしてお寺と境内は同じ敷地に共存していました。

ちなみに「神宮寺」「別当寺」「神護寺」というのは意味は同じで
いずれも神社を守るお寺のことです。

奈良の興福寺と春日大社がこの関係です。

本地垂迹説と神本地垂迹説

本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)
本地とは、本来のあり方。垂迹とは神仏が現れること。

つまり、仏様が本当で、神様は仮の姿だという説。
飛鳥・奈良時代に、仏教を日本に取り入れるために言い出しました。

神本地垂迹説(かみほんじすいじゃくせつ)
鎌倉時代の末頃に出てきた考え。
本地垂迹説の逆。

ここで、神の正体とされる仏のことを本地仏(ほんじぶつ)といます。
天照大神の本地仏は大日如来である、というような言い方をします。
が、これはかならずしも1対1ではなく、諸説あります。

権現と明神

「権現」と「明神」も同じような関係です。
権とは仮の意。
権現:仏が仮に(権)神様となって現れること
明神:神様が仮の姿ではなく、明らかな姿で現れること

この呼び方で有名なのは、根津権現と神田明神です。

神仏分離(しんぶつぶんり)
国学は、江戸時代に起こりました。
経典は「古事記」で、本居宣長は「古事記伝」を著しました。
本居宣長の弟子に平田篤胤がいて、明治維新に影響を与えた人物です。
「神仏分離」という考えはここで起こります。

明治元年から何度か、「神仏分離令」が出されています。

廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

廃仏毀釈運動は幕末から明治10年にかけて行われた仏教排斥運動のことです。
東北の農村や対馬・壱岐は特に激しかったとされています。

明治政府は、天皇を天照大神の子孫だと考えて、日本を神道の国だと宣言しました。
ここで、お寺を壊せとは言っていませんが、
民衆のお寺に対する恨み・つらみが爆発しました。

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